HDR考 #2 ’04年9月30日改訂 #1で、問題となる注意すべきことがらの指摘と解説を手短に行った。信頼性やファイルシステムについての内容ばかりで、音質や機能についての解説が少ないが、それらは#1で扱った基本性能に関する事柄に立脚した附加的要件であると言える。このHDR考で指摘される事柄について正しく認識できれば、現状が如何に頼りない状況であるか、また音の質的問題を云々すべき段階以前であるかが理解できるはずである。・・・注3 近年米国の1メーカーから発売されたHDRは、過去のどのタイプにも属さないOSが搭載された、ある意味「あたりまえ」の性能しか持ち合わせていないのだが、筆者はその「あたりまえ」であることが如何に偉大であるかを再認識させられた。比較対象として測定結果を掲載する。 #1の指摘からHDRでは実データと時間軸情報が分離格納されていることが理解できる。このことから、評価を行うには時間軸上の相対的精度(絶対的精度は多くの機種で外部同期が可能なため評価対象外とした)の測定が必要であることがわかる。 また、この評価からPCベースのもの、ミキサー一体型のものも削除されているが、前者はアーキテクチュアやOSのバージョンにより、結果が不確定のものが多く(稼働率により変動する・・)、後者では例外無く以下の3機種よりも数段劣悪であった。(値段とアーキテクチュアを考えれば当然であるが・・・・・というより同時録音できるトラック数が少なかったりエフェクトやフィルターを解除できなかったり、同時出力数が少なすぎたり・・) 注意)念のため、評価が低いからといってその機種が使用できないという意味ではない。(限り無くそのような機種もあったが)使用するときに注意し対策を講じなければ期待と異なる結果になるという警告ととらえられたい。 検査対象) 同時録音トラック数 同時再生トラック数 レゾリューション 備考 (OS) A) 24 24 24bit De-fragmentation B) 24 24 24bit Fragmentation C) 8 16 16bit Fragmentation 電源仕様 HDメディア 編集方式 UNDO 同期 A) スイッチング電源 E−IDE 破壊編集 一応可能 専用接栓 B) トランス+シリース・レギュレータ E−IDE 非破壊編集 階層的に可能 各種可能 C) トランス+シリース・レギュレータ E−IDE 非破壊編集 可能 可能 操作に対する反応 スクラビング再生 A) 最大20ms以下 滑らかな可変速正逆回転再生 B) タスク・稼働状況で変化/10〜3000ms ショート・ループ連続再生 C) タスク・稼働状況で変化/10〜3000ms ショート・ループ連続再生 上記A、B、Cの3機種であるが、C機のみ1世代古い設計である。いずれの機種もadat規格オプティカル・デジタルI/Oを装備。 検査項目) *入出力の同時性 全ての入力に同時にテスト信号を入力し、入力トラック毎に時差が生じないかを検査 出力についても同様 ++ 勉強会配布資料版では、ここに計測システム図 ++ この検査は内部の処理速度や転送レートにタイムアライメント設計の有無が表れる。 検査には正弦波スィープと1:45のパルス波を用い、オッシロスコープ上のリサージュ波とカウンタにより計測を行う。無論時差0が望ましい。 入出力条件はアナログ入力/アナログ出力で行う。 結果) 入力時差 出力時差 備考 A) 検出できず 検出できず B) 検出できず 検出できず C) 検出できず 検出できず 入力時差は8トラック分についてのみ 3機種ともさすがに専用機だけあって優秀である。ミキサー一体型ではこの段階ですでに問題が発生するものもある。時差があるわけだから、当然ステレオ信号ではハース効果が生じ音の定位、拡がり、奥行きなどが変質する。 ちなみにPCベースでSPDIFデジタル入力した場合、チャンネル間で1〜数サンプル分の時差、サンプルそのものの読み落としなどの、信じられないよう結果が当たり前のように見られるのは如何なものか。 *編集時の時間精度 多くの機種では編集機能を持ち、一般的にはCOPY/PASTE,MOVE/PASTE,SWAPなどが一般的である。最小時間単位はビデオとの同期を考慮してか、サブフレーム単位のものが多い。(1フレーム:1/30秒 1サブフレーム:1/3000秒)ちなみにミキサー一体型では1フレーム単位のものも。(ほとんどのMDは1フレーム単位) 検査は設定した時間通りに移動したか、と同じ時間位置の別トラックに移動した場合の精度を計測評価。計測方法は正弦波スィープと1:45パルス波を用いオシロスコープ上のリサージュ波とカウンタにて計測。 計測条件はトラック1〜8へパルス波を録音。その信号を内部のCOPY/PASTEコマンドを用いてトラック9〜16ヘコピー。各トラック9〜16のコピーされた信号を、コピー元であるトラック1〜8の信号との間の時差を計測。 ++ 勉強会配布資料版では、ここに測定システム図 ++ 検査結果) 備考 A)検出できず 直列40回繰り返しコピー後にも検出できず B)20μs 1回あたり20μsずつ蓄積 40μsのことも C)検出できず 評価) B機で1回あたり20μsの遅れが検出された。この数値は48kHzFs1サンプル分に相当するが、問題はこの数値の大小よりも、編集毎に「蓄積」されていくことであろう。ステレオ信号であるなら、この時差は定位が変化するのに十分な値であるし、コピー元とミックスされたならLPFが形成され、音色の変化が生じる。シーケンスで作成される、いわゆる「打ち込み」音楽ならばトラック間に共通する成分が無いので問題は生じにくいが、マイクで録音された信号の場合、如何にマイクの立て位置を工夫しても、いくつかのトラック間には共通する成分が含まれ、その成分については影響が生じる。 もちろん複雑な編集工程を経て作成される場合には、この遅れは蓄積型であるため影響も大きいと思われる。さらに都合が悪いのは、何プロセス経たかを正確に記録を取り修正を試みても、編集機能が1/3000秒単位であるため、修正できないことである。 意外な健闘を見せているのがC機で、次項の成績も優秀である。B機はC機よりも明らかに設計が新しいにもかかわらず、この基本的編集精度の点で劣っている。この点の考察として設計そのものに手抜かりがあるのか、それとも用途・目的が変化(例えばMA用からDJ用に)したのか。 PCベースの場合、表示されている時間と実時間が一致しないソフトや、同様に設定したた移動時間と実際の移動時間が一致しないものもある。しかし、多くのソフトが1サンプル単位の編集が可能なため、何とか修正できることが多い。それより問題なのは、いくつかのソフトでは内部での処理なのに、処理前後で明らかに音が変化するものや、総サンプル数が変化するものなど・・・。 *アナログ入出力間時差 デジタル・オーディオに於いては、最低限の入出力処理であっても常に処理時間が必要となる。これは単にA/D変換、D/A変換を行うだけでも発生するものであるが、現実のハードウェアではそれに内部のルーティングによる処理時間が加算される。 マルチ録音装置に於いては、先に録音されたトラックを聴きながら演奏し次のトラックに録音していく作業であるため、この処理時間が無視出来ない大きさの場合、演奏が影響を受けることが考えられる。しかし現実のA/D/A変換に要する時間とルーティング時間を考慮すると0.7〜1ms以下に設計することは困難と思われる。無論この時差も小さい方が望ましいし、同時にそれが安定した数値である必要がある。C機のみ高速なのは搭載されているA/D/Aコンバータが16bitで変換時間が短いためである。 ++ 勉強会配布資料版では、ここに測定システム図 ++ 備考 A) 1.3ms 安定 Fsの変化に伴い変化 B) 1.64ms 安定 Fsの変化に伴い変化 C) 0.72ms 安定 Fsの変化に伴い変化 この結果は妥当な数値であろう。PCベースのものでは数値が不確定のものや、録音中には出力を強制カットするものも。ミキサー一体型のものも評価対象にならないものが多かった。(アナログ信号がそのまま出力されるなど)ミキサー一体型と専用機にこれだけの差が出てしまう原因として、専用機の場合データマネージメントにおいてプロセッサの稼働率はほぼ一定であるが、ミキサー一体型の場合はミキサー部分の機能とレコーダー部分の機能がマルチタスクOSによってリンク、プロセッサを共用化していることが考えられる。このような設計指針によってローコスト化が実現しているのであろう。 *デジタル入出力のコピー時の時差 検査方法)トラック1〜8にテスト信号を録音し、トラック1〜8のデジタル出力をトラック9〜16ヘパッチし、コピーを行う。コピー元のトラック1〜8とコピー先のトラック9〜16の時差を測定。テスト信号は正弦波スウィープと1:45パルス波である。 ++ 勉強会配布資料版では、ここに測定システム図 ++ 結果) 備考 A)−1.3ms 安定 Fsの変化に依存 B) 1.64ms 安定 Fsの変化に依存 C) 測定できず 同期不安定/Lock out 評価) 大変興味深い結果である。A機に於いて遅れではなく進みの誤差が生じている。その理由は次項の結果から推論できる。 この検査は前項の検査からA/D/A変換時間とルーティング時間を差し引いたもののはずなのであるが、ルーティング時間の中に同期等、別の項目が含まれているのかもしれない。 *アナログ入出力を用いたピンポン録音時の時差 検査方法)トラック1〜8にテスト信号を録音。トラック1〜8をアナログ的にトラック9〜16にパッチし、コピーを実行。コピー元トラック1〜8とコピー先トラック9〜16との時差を測定。計測は正弦波スウィープと1:45パルス波。 ++ 勉強会配布資料版では、ここに測定システム図 ++ 検査結果) 備考 A)−10μs 安定 Fsの変化に依存 B)1.64ms 安定 Fsの変化に依存 C)0.72ms 安定 Fsの変化に依存 この検査でA機の設計目標が伺える。つまりアナログミキサー、あるいは処理時差のはっきりしているデジタルミキサーと組み合わせたときに、アナログ・テープ・レコーダーと同様に時差の無いマルチトラック作業ができるように配慮されているのである。つまり普通の設計セオリーなら、ここでもA機の場合1.3msの遅れが出るはずなのに、逆に10μs進んでいることから、設計者は故意にこの1.3ms分の遅れを相殺するべく、読み出しセクターと書き込みセクターのアドレスをわざわざ変えているのである。つまり現在再生されているセクターよりも1.3ms分若いセクター番号に録音しているのである。驚くべきことだ。これにより空きトラックにサブ・ミックスをピンポン作成し元のトラックを含めたミックスを実行しても劣化がほとんど生じないのである。もちろん演奏も快適に行える。 PCベースのソフトやミキサー一体型の機種では、根本的にこのような想定が無いようで、測定しても比較できるような結果は得られないものが多い。 *その他の検査 検査方法) 録音中に電源をシャットダウンする。この検査のみ、そのことについて想定のある機種だけで検査。評価は録音物の有無、品質、被害の範囲など。付随する検査として減電圧検査があるが、これは電源電圧を徐々に下げていき、正常に動作する電源電圧の範囲を調べる。 ++ 勉強会配布資料版では、ここに測定システム図 ++ 検査結果) 備考 A)条件により正常 領域確保されたソング長の範囲で40/40正常に録音。 B)未検査 おそらくデータ回収率0% C)不可 2/2でデータは回収できない。(事故の分析による) ++ 勉強会配布資料版では、ここに測定システム図 ++ 減電圧検査結果) 備考 A)68vACまで正常に機能。 68v以下で暴走。再起動できなくなるが録音は正常 B)未検査 C)89vACで異常発生。 録音中は正常に表示されているが、録音はできていない。 A機の「正常」とは電源遮断直前までの録音が正常に再生できることを指す。条件とは「一度以上録音されたソング部分」であることで、全くの新録音部分(ソング延長中)では復元・再生はできない。またA機にはこのようなアクシデントをリカバーするコマンドを持っているが、ほとんどの場合使用の必要はない。B機でこの検査は行っていないが、C機と機構が類似していることから再生は絶望的である。 PCベース機では軽傷の場合でソング・ファイルの破損。最悪時にはハード・ディスク・ドライブそのものが物理的破損。原因として、FATが後書きで、しかもPCのアーキテクチュアそのものがこのようなアクシデントに対して無防備であることが考えられる。 このような検査に何の価値があるのか、疑問を指摘する声が聞こえてきそうであるが、それは一般のデジタル機器の設計者の甘えにしか、私には思えない。音楽はいつの間にそんな甘えを許すほどに価値が下がってしまったのか。 それよりも、いかにしてA機のような信頼性が実現されているのか、またその余裕は音に影響を与えるのかといった問題について考察したい。