マスタリング論 #3b 2003年11月5日 宇都宮 泰 3−2−a−d) ゲート擬人化表現 ゲートと呼ばれる回路や類似の機能を持った製品は数多くあるが、ゲインリダクションに属するものと属さないものがある。 ここまでの記述から、ゲートはリミッタの相補な存在のように予想されるが、そのような回路をや設定を作っても使い道が無い・・・・。しかし動作メカニズムの説明としては・・・妖精は入力レベルのメーターを見ている。しかしリミッタと同じように、メーターはあるレベル(スレッショルド・レベル)まで紙で隠されていて見ることが出来ない。フェーダーの初期値は−無限大で、妖精は針が見えると、それに比例するようにフェーダーを上げる。 実際の製品は使い道があってはじめて購入者があるわけで、この動作をそのまま回路化してもイマジネーションにピンと来る動作はしない。そこで実製品のゲートでは入力レベルがスレッショルド・レベルを越えると妖精がスイッチをONにする(フェーダーを一杯に上げる)ようなセッティングになるよう工夫されたものが多く、つまり微小なレベルのノイズや目的外の音は通過させずに、目的の大きな信号だけ通そうという使い方である。 ちなみに滑らかな動作をするエキスパンダーやゲートの具体的製品は非常に品種が限られており、筆者が知る限りフィリップス社のDNR、ナショナル・セミコンダクタ社のDNRチップ(このチップを内蔵していた製品は多いが)、dbx社3バンド・エキスパンダの4bx、ベーリンガー社のDENOIZERくらいのもので、それ以外の製品の多くはスイッチ動作のものがほとんどである。 3−2−b) 本来、ゲイン・リダクションは何のために考案されたか? 物を考案する動機にはほとんどの場合必然性がある。この必然性について考察していくと、現在の音楽録音や制作に使われている道具のほとんどについて、必然性があるとは言い難い。筆者のようなマルチ録音の申し子が、そのような主張をすることに疑問を感じる読者は多いと思うが、正直なところ本心である。では、何の為にこれらのミキサーやMTRやエフェクターは作られたのか、という問いに対して、筆者はほとんどの場合その必然性は映画や通信など他分野にあるのであって、音楽に於いては「ビジネス」と「形骸化」が理由だと答える。現在、音楽録音で当たり前に使われているMTRですら、そもそも映画制作のために考案されたもの(無ければ映画業界の存亡にかかわる。音楽制作に於いてその必然はビートルズ以前には無かった。また音楽業界にMTRを考案・開発するほどの度量も無い、という意味で・・) 良い音楽とは、命がけでそれを追求する音楽家の手で、最適な「場」で、十分な時間をかけて発生あるいは制作されればよいのであって、それらを満たさない要素、つまり中途半端なナマグサ音楽屋が、とりあえず苦情の来ない適当な場所で、やっつけ仕事でやった低予算のヒドさをカバーする為なら、これらの録音機材の使用は必然と言えるかもしれない。しかしこれは「ビジネス」なのであってニセモノを売っていい理由にはならない。だから「形骸化」なのである。 さて、悪口はこれくらいにして、ゲイン・リダクションの必然とは何処にあるのだろう。代表として、先ずリミッタの必然性について考察してみたい。 もともとこの回路が考案されるきっかけになったのは、第一次世界大戦中に無線通信の分野で使用され始め、第二次大戦ころには多くのラジオ放送等の性能向上が目的であった。今日でも高値で取り引きされているレイセオンやフェアチャイルドのリミッタはこのころの設計・製造である。(参考までに、現在広く使用されているVU(Volume Unit)メーターも同時代の軍用目的に開発された道具である。おそらくはVUメーターとリミッターは同目的のセットで開発されたものと思われる。VUについては後述) 戦時中、ラジオ放送は重要な戦略で、直接的な効果としては自国民の戦意高揚と相手国国民の戦意抑制があげられる。間接的には相手国に潜入した工作員に暗号の指令を送るのにも使用されるが、これは数年前まで北朝鮮の日本向け放送でもよく知られている。あのひたすら数字を読み上げてるやつだ。ちなみにあの有名な″東京ローズ″とは大戦中の我国の対米戦略放送のコードネームである。 さて、この放送、相当な遠距離を、限られた出力で、しかもジャミングと呼ばれる妨害電波にもメゲずに相手国で受信できなければ意味が無い。この放送によって自国の兵士の命や戦争の期間が左右されるのだから尋常ではない。実際に大戦以降のクーデターや内戦、地域紛争、近年ではベルリンの壁の崩壊にも、この放送というメディアが重要な役割を果たしているが、その放送内容を安定に電波に乗せるために使用される必須アイテムが、これらコンプレッサやリミッタなのである。ここに必然がある。 参考までに、大戦ころナチスドイツに於いては戦略兵器扱いで、高性能マイクロフォンやスピーカーがベルリン・オリンピックに間に合うように開発されたが、このオリンピックというイベントでのこれらの音響機器の公開・使用は、連合国側にドイツの技術力や国力を誇示するのに十分役立ったようだ。その後、近隣諸国をほとんど抵抗無く制圧併合するのに役立ったのであれば大きな戦費節約となり、やはり政治的必然と言えよう。そのマイクロフォン・メーカーがノイマン社であり、スピーカー(正確にはブラッドハラー・トランスデューサー)メーカーがシーメンス社である。大戦以後これらの機器が本質的には大した進歩を遂げていないように思えるのは、筆者の思い過ごしか、あるいは才能や資本の投入の節約か?それともそこに″必然″が存在しないからか? 話を戻しメカニズムをもう少し詳しく解説する。ラジオ放送電波にはAM(Ampritude modulation:振幅変調)とFM(Frequency Modulation:周波数変調)の2形式が用いられるが、いずれの場合も特定の周波数の電波に変調をほどこすことで音声を乗せている。(*MWとかSWはその特定の周波数(チャンネルと考えても良いが)が、前者は中波帯、後者が短波帯に属することを表す略号で、形式のことではない) 放送は特定の周波数を使うことで、受信側では選択して聴くことで機能するが、放送も他の情報メディアと同様、再生互換性(この場合は受信互換性か)があって初めて成立する。(別の言い方をすれば、「ラジオ」という受信形式に合致しなければ、放送はただの無意味電磁波行為ということに・・・・現在の衛星ラジオ放送みたい・・) 戦時放送の場合相手国にも普及しているラジオで受信できなければ意味がないのである。この条件を満たすにはラジオ受信機は技術的にシンプルで、再現性、遠達性の良好なAM変調で、周波帯はMWかSWローバンドとなる。しかしFM形式と異なりAM変調は妨害や自然の電磁波現象の影響を受け易く(受信時にノイズとしてあらわれる)根本的にダイナミックレンジも小さい。(逆に言えばダイナミックレンジが小さいから遠達性があるとも言える。FM放送の場合Eスポ現象を除くと、遠達性はまるで無い。) vして「歪むぎりぎりの状態をキープ」するように「フェーダーを操作」する必要がある。 * 「常に集中」する事自体、大変な仕事である。常人には数分が限度か。また、次にどのくらいの音量が来るのか「予測する」ことも要求される。 ** 「歪むぎりぎり」のレベルを識別するには、そのレベルを的確に「視覚化」することが要求される。しかもAMの戦略放送に於いて「ぎりぎり」とは、「物理的には少々歪んだ、しかし明瞭度は悪化しない程度の」ちょっとオーバーレベルな状態、をキープする必要がある。そんな「ちょっとオーバーレベルな状態」といった主観的(別の言い方をすればいいかげんな)要素まで、戦時には「客観的技巧」として必要とされる。 客観性をもたらす技術の王道は「視覚化」で、この場合にもその「専用視覚化器具」が開発された。それがVU(Volume Unit)という概念である。VUに於いてターゲットの音(最も的確にレベルを視覚化するという意味で)は、当時の米国の平均的男性アナウンサーの声で、それ以外の音に対しては的確性があるとは言えない。VUに於いて、米国の男性アナウンサーの声に含まれる突発的な子音(S音やP音)は無視される(メーターがほとんど振れない)が、音楽音に含まれる素早い金属打楽器音なども同様に表示されない。これはVUの性能が悪いからではなく、故意にそのようにデザインされているからだ。 このような視覚化の技術によって米国軍は世界各地の駐留軍に放送局を配備し、同じ品質の強力なラジオ放送(変調率に於いて)を展開できたのである。(日本ではFENが有名。日本の多くのロック・ポップアーティストはこれを聞いて育ったとされる。) この「VUを見ながら最大効率の変調の電波を発射する」ことをある程度自動化するために考案された道具が、先のレイセオンやフェアチャイルド、ウーレイのコンプレッサやリミッタである。低価格で有名なベーリンガー社の製品のマニュアルにも、この放送へのアプリケーションが細かく掲載されている。(なぜか日本語マニュアルでは削除されているが) ***** 参考までに・・・この最大効率の変調を得ることが有効なのは、AMに於いて、の話で、FM局に於ける音量の最大化は異なる理由による。少なくともその理由が承諾できないからNHK−FMでは「音量の最大化」は行われていない。 ***** ***** ***** ***** AM放送について、この音量の最大化は妨害波や遠距離の放送に於いて、明らかなメリットが生じるのである。そこに必然性が存在する。  つづく